2018/06/01

第一話「変化①」

時計 
 絶望した私に残されたのは、平穏な生活だけだった。

 小説を書こうにも、心が乱れに乱れているせいか全く手につかず、仕事に慣れてきたこともあって、いつしか「作家になる」という夢よりも、「これ以上、心をかき乱されたくない」という思いの方が強くなっていった。

 確かに、楽にはなった。

 人間関係を諦めたことで、以前ほど無理をして話をすることもなくなり、一人でいる時間が多くなった。唯一会話を楽しめるのが、家族と、時々会う親友だけだったが、それでいいと思った。
 もう、このままでいいや。そう納得することで、私の心は徐々に回復していった。
 そんな、ある日だった。


    ***


「……機械、ですか?」
 所長からの突然の呼び出しと宣言に、私は呆気にとられた。
「今年の十一月に、新しい機械を入れるんや。その後も調整するのに時間がかかるで、まだしばらくは今のやり方でやってもらうけど、調整が終わったら早速そっちに移ってほしいんや。まずは課長や田島くんと一緒に、機械について学んでもらうでな」
「まぁ慣れたら一人でやってもらうけど、機械が重いでな。力仕事の時には力を貸すって形になるわ。あと、機械は俺らが見るで、何かあったら言って」
 その場にいた課長の言葉に、私は「はい」と返事をする。
「機械っていっても、操作自体はややこしない。上出(かみで)さんは最初の二年間、織機を動かしてたんやし、すぐにマスターできると思う」
 私は笑顔を作った。つまり、すぐにマスターしてほしいってことか。まぁ、当然か。工場の稼働率が、そのまま所長の実績となるのだから。
「今まで手で頑張ってやってくれてたけど、機械は倍以上の速さで動いてくれるで、かなり楽になるはずやで」
「それなら、助かります」
 私は笑顔を作った。
「頑張ってな」
「はい、頑張ります」
 私は笑顔を作った。でも、本当は嫌だった。
 私は、少し大変でも、一人でほぼ完結する手作業の仕事が好きだった。誰かと息を合わせたり、期待されたりすることが、私にとっては重荷でしかない。
 でも、この判断は会社としては合理的だし、何一つ間違ってもいない。

 私に出来るのは、笑顔を作ることだけだった。


前の話   目次   次の話

関連記事


ご意見、ご感想はこちらからお願いします。








ブログランキング・にほんブログ村へ





コメント

非公開コメント