2018/07/10

第六話「避けられない壁④」

少女と家 
 自分の本心を表に出したことは、何度かあった。


 それは、中学の時。
 クラスメイトに「今度学活の時に使うから、風船を買ってきてほしい」と突然言われ、変だなと思いながらもその通りにして渡したら、翌日クラスの女子や男子が笑いながら割ったり投げたりして、ただ玩具にしているところを目撃した。騙されたのだ。
 それを私から聞いた父が、私を騙したクラスメイトの親に電話越しで怒鳴り込み、結果クラスメイトは風船代を弁償した。
 だけど、クラスの女子たちは揃ってそいつの味方だった。
「たかが五百円くらいで、何大騒ぎしてんの?」
「被害者面してるんじゃねーよ」
「〇〇子かわいそう」
 クラスメイトに風船代を請求したその場で、周りから寄ってたかって責められた。私の友達だけは、ちゃんと私の味方でいてくれたことが、唯一の救いだった。
 そのことを、その日の晩に父に話した。みんなから責められて、腹が立った。怖かったと。
「何で怖いの」
 だけど、怖いという部分は理解してもらえなかった。私は正しいことをしたのだから、何も怖いことはないのだと、父は言った。確かにその通りだ。
 なのに、心にぽっかりと穴が開いたような気がした。

 それは、高校の時。
 私は、家庭の事情から大学進学を諦めざるを得なかった。大学自体に執着があったわけではないが、就活は苦痛だった。大学受験に励む子たちとのズレ、放課後遅くまでの面接の練習、履歴書の書き直し、そして、何度も言い渡される不採用。
 生活の貧しさや、家族間の妙にピリピリとした空気も合わさって、私の心は容易に壊れていった。
 気が付けば、私は自分の手首を傷つけるようになっていた。きっかけはもう忘れたが、うっすらと傷を作ることで、妙な達成感を得られたのだ。そして、ほんの少し死の恐怖を感じることで、死にたいという気持ちを抑えることが出来た。
 それがバレた結果、私は両親にこっぴどく怒られた。
 私を心配しているからこその、反応だったのだとは思う。実際、怒られるのが怖くて、リストカットが出来なくなった。結果的に私はリストカットから離れられて、今は逆に怖いからやろうとも思わないが、当時の私にとっては、何の救いにもならなかった。

 それは、会社に入って三年目の時。
 仕事が辛くて、仕方ない頃だった。辞めたくて、だけどどうすればいいのか分からなくて、塞ぎ込んだ。時々だが、仕事を休むこともあった。
 だけど、辞めたら家庭の経済に響くし、何より辞めたところで他にどうすることも出来ない。情緒不安定になって、いきなり泣き出すこともあった。家族との空気もギスギスしていて、私も家族に攻撃的だった。
 そんな中で、父に言われた。
「お前の苦しんでいるところを、見たくない」
 その頃は、父も今の仕事に就いたばかりだった。要領の良い父だが、激しい肉体労働は父の体に多大な負担がかかった。何の欠点もないような父だったが、昔から体が弱かった。
 だから、父も心身ともに疲れ切っていたのだろう。それでも、父は弱音を吐かないのだ。そんな父にとって、塞ぎ込む娘の姿は苦痛だったのだろう。

 そして、数年前。
 私には、一人の友達がいた。同じ会社の同僚で、年上の優しい女性だった。似たような性格だったので、すぐに意気投合した。
 だけど、私とは世界観や価値観が全く違った。話が噛み合わなくて気まずくなることもしばしばだった。お互いに、嘘をつくことも少なくなかった。それでも私は、出来る限りその子に合わせようとした。嫌われるのが怖かったから。
 でも、それ以上にもっと仲良くしたかった。この気まずさは、一時的なものだと信じたかった。信じたいのに、苦痛は和らぐどころか、日に日に増していく。
 このままでいいのだろうか。ある日思った。
 本当に仲良くしたいのなら、嘘をついたままでは駄目だ。これ以上、彼女に対して偽ったまま接し続けるのは嫌だし、辛かった。
 だから、私は本心を打ち明けた。家族以外の他人に本心を打ち明けるのは、生まれて初めてだった。しばらく距離を置きたいとお願いした。少し離れて、心を落ち着けたかった。でも、そんなのは手前勝手だったのだ。
 彼女は、私を拒絶した。そして、私に敵意を向けた。
 私に拒絶されたと感じたから、拒絶したのかもしれない。敵意を向けたのも、その場の感情で勢いに任せてしまっただけだったのかもしれない。

 だけど、私の心は折れてしまった。もう限界だった。


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