2018/10/04

心の状態を把握することの大切さ

心

こんばんは、日花(@hibanaW4)です。

ネットビジネスをするにあたって、日頃からこれでもかというくらい気をつけていることがあります。


それは、「心の状態を把握すること」です。

調子が良い時も、悪い時も、自分の心が今、どんな状態なのかをしょっちゅう意識します。好きな作品や創作の妄想をしている時を除いて、常に心の状態と向き合っているわけです。

正直、楽しくはありません。
でも、そうでもしないと自分を制御出来ないのです。

私は昔から、気分の浮き沈みが激しいです。

今ではだいぶコントロール出来るようになりましたが、それでも根本的にはあまり変わっていません。ちょっとしたことで希望を抱き、ちょっとしたことで絶望する。大げさな言葉かもしれませんが、それくらい落差が大きいのです。


少し、昔話をしようと思います。


小・中学校時代は、他の記事でも書いていますが、地獄のような日々でした。

空気を読むのが苦手というのもありますが、それ以上に気分の浮き沈みが激しかったので、ちょっとからかわれただけで暗くなるなんてことも少なくありませんでした。

そういう人間は、一部の醜悪な生徒にとっては格好のカモだったのでしょう。背中をいきなり蹴られたり、美術で作った作品をボール代わりに投げられたり、消しゴム屑を投げつけられたり、全校集会などで列を作る度に踵を踏まれたり、顔写真に画鋲を貼られたり……などなど。列挙するとキリがありません。

口下手な上に頭がたちまち真っ白になってしまって、何も言い返せませんでした。

特に、中学校時代がひどくて(上記の被害はほぼ中学校時代です)、この頃は本当に、世の中のほぼ全てを憎んでいました。平気な顔で嘲笑ってくる生徒たち、保身ばかりで上記の虐めを知っても「許してやってくれ」で済ませる担任、そして表向きはごく普通の明るいクラスと言わんばかりのキラキラした雰囲気……毎日のように、心の中で唾を吐いていました。

そんな経験があったので、高校では生まれ変わろうと努力しました。

中学までの私には、世の中を渡る上で必要なコミュニケーション能力が備わっていなかった。だから目を付けられた。だったら、今度はそうならないようにしよう。舐められないようにしよう。

そう決意した私は、高校に進学すると、校内での立ち回り方や喋り方など、どうすれば舐められないかを必死に考えながら過ごしました。

からかわれそうな雰囲気になった時は、一緒にノッているふりをしたり、とぼけたふりをしたりして、暗い顔になったり泣きさけんだりしないように心掛けました。感情的になるとカモになることを、嫌というほど体感したからです。

最初はやはりからかってくる生徒も一部いましたが、そうやってのらりくらりとしている内に、いつの間にか何もしてこなくなりました。おそらく「こいつツマンネェ」と思ったのでしょう。

それに、高校は全体的にのんびりしていて、それでいて他人にはあまり関心がない人が多かったのか、小・中学校ほど私につっかかってくる人はいなかったので、人間関係については驚くほど楽でした。

暗い雰囲気は出さないようにはしてましたが、それでもやはり「変わり者」であることには変わりなかったようで、小・中学校が一緒の友達以外に交友関係がなかったのです。とりあえず、話す必要がある時には特定のグループにサッと交じって話しはしましたが、それだけでした。

クラスに友達がいないことに、気まずさや心細さが一切ないというと嘘になります。だけど、他人が怖くて仕方ない私にとっては、むしろそのくらいが気楽だったのです。それを実感した高校時代でした。


と、昔話が思いのほか長くなってしまいました(;^_^A


小・中学校時代も、高校時代も、人間関係が希薄だということ自体は変わりありません。

だけど、自分の気持ちをコントロール出来ていたか否か。ここに決定的な違いがあります。

気持ちをコントロールしようと心掛けたことで、カモにならずに済んだ。それまでは誰かに嘲笑われるばかりだった私にとって、大きな成功体験でした。

だから、私は会社員になってからは、より一層気持ちのコントロールに磨きをかけていきました。

会社は学校以上に協調性を求められる場です。もちろん、明るい性格を延々と演じられるほど器用ではありませんが、それでもちょっとした小話程度なら出来るようになりました。

それでも、気持ちのコントロールには今でも四苦八苦します。

仕事面で避けられないトラブルにぶつかったり、上司と上司の板挟みになったりと、学生時代とは別の形で心をかき乱されることが多々あります。気分の浮き沈みの激しさ自体は相変わらずなので、立て続けに嫌なことがあると、体が重くなったり絶望ばかりで未来が見えなくなったりします。

しかも、学生時代以上に気持ちのコントロールを求められます。

今の仕事にもだいぶ慣れてきたので、気分が良い時は余裕をもって対応できますが、気分が悪い時は上手く頭が回らなくなることもしばしばです。

泣きたくなっても、考えたり動いたりするのが億劫になっても、帰りたくなっても、仕事をしなければいけないのです。学生時代と違うのは、一歩踏み外すと全体に迷惑をかけてしまうことですね。自分だけの問題で済まないのが、かえってプレッシャーだったりします。

大人になると、出来ることは増えるけど、気持ちを上手にコントロールしないとやっていけません。

行動面での自由は増えますが、精神面ではどんどん拘束されている。そんな気がしてなりません。私が会社員を辞め、自分で食べていきたいと思うようになったのも、やはりそこが大きいです。

だけど、感情に任せてそう簡単に放り投げられないのが現実です。家の事情も考慮しなければいけませんし、私自身勢いに任せて飛び出すことに不安があります。

行動面だけでなく、精神面でも自由になりたい。
でも、何もかもをいきなり放り出すことは出来ない。

だったら、少しずつ歩むしかありません。そうは分かっていても、やっぱり焦りが出てきてしまうこともしばしばで……。

だけど、焦っていても何も始まらない。今出来ることをするしかない。

そのために、私は常日頃から「心の状態を把握すること」を心掛けています。

気分が良かったり、やる気が沸いていたら、迷わず……迷ってしまいそうになったら叱咤して、出来ることをやる(この記事も、その勢いで書いています)

気分が落ち込んだり、不安が押し寄せてきたり、やる気が出ないときは、心に優しい本小心者的幸福論など)を読んだり、尊敬している人のブログを見て気分を上げたり、いったん考えることを放棄して好きなことに熱中したりする。

頑張ったら、褒めてやる。出来たと思ったら、褒めてやる。
辛かったら、慰めてやる。よくやったと、褒めてやる。

こうやって、自分の心の調子を整えてやることで、心が折れることを未然に防いているのです。学生時代よりも気持ちをコントロールする必要がある分、それ以上に自分の心を気遣ってやる必要があるのです。

利己的にならない程度に、自分に優しくしてあげる。

気分の浮き沈みが激しく、すぐに傷つく私がこうして頑張れるのも、自分への優しさの賜物なのかなと思います。




<おまけ>


この記事を書くのに、二時間ほどかかりました。

先日書いた面作のハッピーシュガーライフの考察記事なんか一週間以上かかったし……もっと短縮したいところです(*´∀`)



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